第13号(2003.11.1) 陽は照って暑くても少し風が吹けば差すような涼しさ。 疲れた体を休めたり、気分を切り替えたい時に飲むものも、 冷たいものから暖かなものへと変わりつつあります。 お家や外で飲む中国茶も、少しだけの模様替えというのも 楽しいものです。 夏の間使っていた器をそのままに、茶葉を変える。 茶葉はそのままでも、器のコーデュネートを考える。 面倒なようで、考える事は結構楽しみでもあります。 茶器には様々なカテゴリーがあり、それぞれのお茶に合う ようにうまく機能的に考えられ、発達してきました。 日本茶には日本茶の、紅茶には紅茶の。 葉の香りと旨味を充分に引き出すために工夫されています。 元々は葉は同じ種の木から開発改良されてきたものですから、 製造の工程や、醗酵の度合い等によっては、替えのきく茶器 も沢山あると思われます。 しかし、宜興紫砂茶壷のような、固く焼き締めた素焼きの器 が他にそれほどあるかと考えると、日本の常滑焼きの茶色の 上質なものくらしか思い付きませんでした。 それも見れば形が違います。 一番美味しく煎れる為に、長い間専門家が積み重ねて来た経験 を映し出す茶器には、それなりのセオリーがあるのでしょう。 宜興紫砂茶壷もピンからキリまでですが、肌の良い焼き締めら れたものは、使うほどに渋が微妙に色合いを変え、深みを増し てきます。(洗剤で洗う方はまさかいらっしゃいませんよね) 固い素焼きは、緩慢な速度でお茶が浸透していくので、洗剤等 で洗っては、もちろん洗剤も浸透してしまい、健康的にも問題 ですし、お茶の香りを損ねてゆきます。 自分の気に入った茶壷が、回を重ねる毎に渋によって艶やかに 深い色合いを呈して行くのは、何か育てる楽しみに似ます。 だから『養壷』という、良く言い当てた言葉があるのですね。 宜興紫砂茶壷の一番の楽しみは、この『養壷』と、手に取った 時の何とも言えぬ暖かさにあると思います。 そして自分がここまで美しい艶を与えた、という満足感。 オンリーワンの価値を見いださせてくれます。 それと対局の楽しみがあるのが景徳鎮磁器です。 艶やかな白磁に青染付などが一般的には最も脳裏に浮かぶもの でしょう。 同じ景徳鎮と名を打ってあっても、良い物と普段に使う為の安価 なものでは、全く違う面持ちです。 気軽に使うものは丈夫で厚めのものでも、香りを楽しみたい時に は自分で使うものも薄手て固い、軽くたたけば良い音のするもの を使います。 景徳鎮は洗剤で洗っても構いません。それはお茶の香りも渋も 洗い流すことですから、お茶の種類も選びません。 いつまでも同じように美しく白い肌、スクリーンの中の若い時 の女優のように永遠に高貴です。 茶壷はまるで西洋の紅茶器のように洒落ていて愛らしいし。茶杯 は微妙な香りや味を直に私たちに伝えます。 熱いお茶を楽しむ習慣のある国では、ゆっくりお茶の時間を取る のが通常のようですが、今の日本にはあまりその常識は通用しな くなっています。 でも、疲れた夜、休日の午後、そっと好きな茶器を出して来て、 ゆっくり取っておきの時間を過ごすのも悪くなさそうです。